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結構好き勝手書いてるよ 
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水面下で進めていた企画が始動しました!!
【アカシア年代記】

元始からのすべての事象、想念、感情が

記録されているというその書物には

人を、時代を狂わせる

不思議な魅力があるという。


とある年代記を巡るオムニバスになってるんですけど、その年代記の詳細は不明、それを巡る人たちのお話です。
第一回目は私は漫画を、透さんは小説を投稿しました。
二人とも同じ年代記を扱っているはずですが、その様は少し違っています。
伝説上の物なのでそういう差異もありなんですよね。面白いですね。
これからチマチマと続く予定なのでどうぞお楽しみに~!!!

第一回目はこちらから読めるよ。
https://blankblockmenu.wixsite.com/akasha

サイトが恐ろしくオシャレだけど大丈夫です。とても分かりやすいデザインになっているので迷うことはありません。

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先日雑談イプをしたときに万寿さんの創作はどうしてあのように過酷な状況に立たされているのかという質問を頂きまして、私はヒューマンドラマが好きだからかなぁと答えました。

ヒューマンドラマとは映画のジャンルの一つなのですが、「どう生きるのか」をテーマにしていることが多いです。勿論「どう生きるか」だけではなく人間愛を描けばヒューマンドラマに当てはまると思うのですが。

で、どう生きるかというのはどういう選択をするのかというのが一番端的に描きやすいのではないかと思います。そう意識して漫画を書いていたわけではないのですが、改めて考えてみるとそういうことなんだろうなぁと。
私自身は優柔不断で、自分の決断にいつも自信が持てずに後悔ばかりしています。
そんな大層な決断ではなくても、ハンバーグではなくエビフライを注文すべきだったのではないか。少し高くてもあの文房具を選ぶべきだったのではないかなんてレベルのことすらずっと覚えていて、今度来たときは絶対にエビフライを頼もうなどと思っています。
でも逆を選んだとしてもああ、ハンバーグ…とか安くて十分だったのに差額分無駄にした…などと考えるんだろうなあと思うので、いずれにしても私の選択は必ず後悔が付きまといます。

何の話だっけ。
人生というのは選択の連続の結果であるので、選択に直面した場面が多いのだろうなぁと思います。
そして「現代社会はそういう過酷な選択には迫られないですもんね」と言われた記憶があるのですが、私は実はそう思わなくて、共同体の空気と自分自身とで常にどちらか選ぶ選択を迫られているのではないかと思います。

例えば学生モノだとすると、イジメが起こった時ターゲットが可愛そうだ。こんなことはやめて欲しい、と思いながらも即座にそれを注意出来る人間は少ないのではないでしょうか。
やめろと声をあげることが一番だとは思いつつも、声を出すことが出来ない。
その時、自分の気持ちに従ってたしなめるか、それとも共同体の自分の立場を考えて見て見ぬふりをするか選択をするわけです。

その選択は私にとって生きるか死ぬかよりも生々しくて手が出せません。
例えば、その現場を目撃して、アンパンを食べていたとして、
「ああ、私はアンパンを食べるたびに、イジメられていたあの子と見て見ぬふりをした自分を思い出すのだわ」とそれ以降アンパンが食べられなくなったりとか、そういうリアリティがつらいんですよね。

そんなわけで、現実に即していると言っても適度に距離を取れて、傍観者として感情移入が出来る、そういう話を私は書いています。
「自分だったらどうするか」というお話であり「ああ、こういう状況私にもあったなぁ」ではないんですよね。きっと。

今のところ後者のお話を書くつもりはないのですが、もし気が変わって書きたいと思った時、私はどんな題材を持ってくるんでしょうね。





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ツイッターでどんな創作が見たいかアンケートを取ったら、
「怒り狂い村を焼きそれでも収まらない悲しきティーン
が一番でした。ありがとうございます!


こういうことが出来るのはティーンの特権なのではないかと思います。
それより年を食ったら、怒りでこれほど思い切ることが出来るのもなかなか難しいものなのではないかと。
伍子胥がいたね。
あれは自分の気持ちだけではないからね。色んなものを背負っているからね。

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http://tegaki.pipa.jp/27269/25701406.html
王様の話です。



順番としては以下の通りに読むと面白いです。面白いです!!!
http://tegaki.pipa.jp/27269/25674130.html

http://thor.hiho.jp/short/Simeon1.htmlhttp://thor.hiho.jp/index.html)/透さん

http://thor.hiho.jp/short/Simeon9.html

http://tegaki.pipa.jp/27269/25701406.html






この王様兎に角無表情なんだけど、作画がねー、エンキとシャムハトに比べて凄く難しかった。
一ピクセルでも違うと全然表情が変わってくるんだ。
無表情なのに、努めて無表情になろうとしているわけじゃなくて自然体で無表情なので、完全に無表情ではないと言うか(?)
無表情なりに表情があるのがとても難しい……。無表情な人がどこで表情を表すかと言ったら目ではなく口なんだよね。あくまで私の絵だけかもしれないので一般化出来ないんだけど。
 
 
 
このお話を書くにあたって、前日譚?のシメオンの聖卓のシモンが「この王は強欲だ」って解釈していて、それは面白いな~と思ってこうなりました。
確かにシャムハトの裁判では自己主張が激しくない王様でしたが、要所要所ではポイントを外していないんですよね。
未来人と違って目立って自己主張はしないけど、未来人と違って一番不満もなく手に入れるべきものは手に入れている人。それが王様……!

本編でイメージしていた王様は「殴られるだけだ」ということに対して「でも訴えなければ変わらない」と現状を受け入れていないのに現状の枠組みの中で何とかしようとする人。
そこがエンキのお眼鏡にかなったのですが、これは別に王様が優等生だと言うことではなく。
枠組みを外れる(シャムハト)のような存在には自分はなれないと王様は分かっていて、だからこそ愚直にルールを守っています。
何かあった時にルールによって守られたいから、自分も守る。
そしてエンキはそういうきっちり守ってくれる世界を作ろうとしている。

彼には学も腕力もない。英雄にはなれない。英雄じゃなくても住みやすい世界を与えられるだけじゃなくて作っていく立場になれたのです。
そこに強欲を絡めるととても面白いことになりますね。
悠然とした雰囲気のある彼ですが、彼はあくまでも弱者であり、しがみつく者です。
か、化学反応……!

作画面では苦労した王様ですが、中身も割とつかみどころがなかったです。
私のキャラクターは結構「私はこうしたい。これをしたら嬉しい。これをしたら怒る」っていうのがはっきりしていて、行動が一本すっと通るようにしています。
でも人間って実際はキャラがブレブレになるものじゃないかなぁと思います。
昔土蜘蛛の話を書いた時はそれを意識してみたんですが、今回の王様は意識しなくてもほわほわしていました。

望みはあるはずなのに、それを言語化出来ない。欲はあるのにそれを表す方法が分からない。
彼のバックボーンがそういうことを育まなかったからだろうなと思います。
自分の気持ちを掴むことって、出来る人にはできるけど、出来ない人には本当にできなくて、訓練が必要なことです。
後から「ああ私嫌な気持ちだったんだなぁ」とか「あの時どうして怒らなかったんだろう」と自分が情けなくなったり。
その情けなさって、何なんでしょうね。
そういうわけで王様も情けないって思います。
そういえば「寛大さと鈍感さは全く別物である」ってセリフを削ったのですが、まぁそんな感じです。

余談ですが、あの元書記官の侍従とのエピソードはがっつり削ったのですが
削る前は
「君のことは好きだ」と王様が言ったら「王が好悪を表に出してはなりません。私事を交えず公平に評価を擦ればそれで良いのです」と返し「分かった。そうする」という内容でした。
この人も中流階級の身分から頑張って出世した人なので、色々面白い人なのかもしれません。
でも中流階級の人間が賢しらに帝王学みたいなことは口に出さないよな!!






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ここ数年二色で済ませてしまうことが多くて色彩感覚を失いつつあります。
ヤバいヤバいヤバいぞ……。
と思って色を塗ろうとしたんですが、今度は線画を描くのがめんどくさくなり何なのお前……ってセルフ突っ込みをしてしまいました。
もう(こういう突っ込み)は時代遅れですね。へへへ……分かっているけどやめられない。

昨日の記事下げました。中途半端にアップしてもなぁと思ったので、書いたら再アップしなします。

連勤続きなんですが、今週を乗り切ったら結構楽になると信じているので頑張ります。
最近のことですが、ずっと見ていたひよっこが終わってしまってひよっこロスになるんだろうなぁと思っていたのですが、何とか発症せずに済んでいるようです。
体力無くて眠いから? 落ち着いてきたら寂しくなるのかもしれません。
スピンオフは是非ヤスハルでお願いしたいです。とても良いキャラクターでした。ヤスハル~~!!!!

ふんふんと自分の漫画を読み返していたんですが、以下2点の
そんなに熱くもない主従漫画を結構気に入っていることに気付きました。

 
これと
 
これ。


いざとなるとあっさり裏切ると双方思ってるのにいざその時が来たらどうしよっかな~って悩むような割り切れなさ良いですね。
巫者組の二人はこの漫画が全てを表しているんですが、そこまで掘り下げて考えようとは思いません。あの世界観では割とありふれた距離感のつもりで描いてます。いや、違うかも。うん、うん……?うーん……。

キャラを掘り下げるってあくまで私の場合なんですけど、後付けなんですよね。推察していくっていうか。
だから特に本編には使えない。すでに完結しているから。

私は完結した創作で「こういう持っていき方をすればよかった」って後悔はあまりないのですが、ゼロではないレベルであります。
でも「もっとこれを盛り込みたかった」というのはあまりありません。恐らく短編ばかり描いているからだと思うのですが、「これ要らなかったな」ってのは結構あります。
私にとって創作っていうものは頭の中の伝えたいことを分かりやすく伝えるためのツールなので、「つまり何が言いたかったんだ?」ってなることを危惧しているからかなーと思ったり思わなかったり……というか必死に文章を繋げようと長文を書いているんですが、書きながら考えがまとまってきたりぽんぽんとこれも言いたいあれも言いたいと出てくる感覚懐かしいです。
思い出した思い出した。ブログってこういうものでしたね。
書くことがあるから書くんじゃなくて、書きながら色んな事が思いつくんです。
面白いですね。
でもかなり無責任な内容になってるぞ。私はここで言っていることを10分前にも考えていたのか?思い付きだよなこれってなるなる~~~~。

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