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結構好き勝手書いてるよ 
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創作友達の透君と出雲に旅行に行きました。
殺人的な暑さで途中何度も体調を崩したけど、私は体調を崩すプロなので乗り切りました。



地図。クリックして大きくなります。

【1日目 7月2日】


福岡から出雲直通が出てた。
しかも朝7時発の8時着という理想的な時間だった。



到着。この時点ですでに暑い。
程なく関東から来た透君と合流。
到着時間10分程度しか変わらなくて、福岡人と関東人が一緒に出雲を旅行にするには良い感じの時間だった。

観光案内書があったので時刻表とか下車場所とか色々聞く。
レンタカー屋さんが隣にあるけど、出雲は観光場所が微妙に点在しているトルコみたいなとこなので、車移動メッチャ楽だろうなぁと思った。

空港から出雲大社までシャトルバスが出ていたので利用する。
この時点で本当に暑い。

出雲大社到着。


本当は正門前ではなくてその奥のバスターミナルまで乗っていたので、一番に観たのは正門ではなく神楽殿だった。
1日目は日御碕に宿泊する予定なのでバスターミナルのコインロッカーに荷物を預けた方が都合が良かった。



お参りしたルート。(公式のサイトから拝借しました。クリックで大きくなります)




真ん中のご本殿は一般の人は入れないけど外から見るだけでも↑茅葺屋根とかデカい建物で興奮した。宝物殿はそんなに見る物はなかった。恐らく隣接してる県の博物館にごっそりあるからだと思う。


参道の出雲そばを食べた。美味しかった。
出汁をひとつ目にかけて食べ終わったらその出汁を他のお皿に移して使い回すっていう食べ方だった。

あまりに熱くて非接触の体温計がビービー音を立てててビビった。遂に発熱したのかと思ったけど、外気温が高すぎてそうなったらしい(???)
最高気温が37度なのでこの日は人肌どころか発熱時の人間の体温に達していた。
私の次にも何組かお客さんが入っていたけどビービー音を鳴らされてた。

この時点で体調を崩しかけていて、「これ以上歩いたらヤバイな」って思ってたし同行者の透君もコイツヤベーのでは?と気づき始めていた。
結局バスから「スタバだ~~~おしゃれ~~~でも出雲大社に来てまでスタバはいっかな」って言っていたスタバで休むことにした。
その間透君は県立の博物館に。
行きたかったけど、私はかつて2回程行ったことがあるので諦めがついた。


隣の席の夫婦喧嘩が白熱していたけど多分3時間くらいは寝たりスマホ見たりして過ごせた。
そのころにはすっかり体調も回復したので、途中から合流して特別展のハニワ展だけ見ることにした。






学芸員さんのセンスが光る展示だった。建物とか生きてるもの以外にもハニワって言われるのが以前から不思議だったけど、ハニワの定義がそもそも“古墳の上に並んでる焼き物”らしい。

一度見たら忘れられない壺もなんか恐くて良かった。


創作者なのでミュージアムショップでは旅行者であるにも関わらず数冊書籍を購入した。
おきゃわなメモ帳も買えた。

そろそろ時間なのでバスターミナルに戻って日御碕に向かうことにした。







宿近くの灯台と海沿岸。
風がとても気持ちよかった。海が綺麗だった。



翌日の天気予報が雨だったので、とりあえず晴れてるうちにと足を延ばして日御碕神社にも行った。この時点で18時くらいだったので御朱印帳やお守り売り場は閉まっていた。




日御碕神社は出雲大社の先にある神社で国の重要文化財になっている。
天照大御神と須佐之男命の二柱を祀っている。
須佐之男命は天照大神の弟神だけどなぜか上宮に社があるのでなんか色々深読みしたくなるらしい。
上の写真の三枚目は上宮から下宮を撮った写真です。



宿に戻ったのち日の入りが見れた。
西にあるから日の入りが見れるねって透君から言われてついていったら見れた。
そういう発想が全然なかったから凄いなぁって思った。
とってもきれいだった。空のグラデーションが綺麗で太陽も大きくて、写真にも撮ったけど肉眼で見るのと全然違っていた。見れてよかった。

日御碕神社は天照大御神を祀っているけど日の入りがある西側にあるんだねって言われてもピンと来てなかったけど、日の入りを見ると確かに~って思った。


“「日沈の宮」の名前の由来は、創建の由緒が、伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」 との「勅命」を受けた神社、である事による”
(wikipedia 日御碕神社)

らしい。


この日はこれで終了。
宿のお料理も美味しかった。民宿だからリーズナブルだった。また出雲旅行に行くことがあったら日御碕に泊まりたい。

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>「アベンジャーズ」観たんですね!映画シリーズについて教えてくださった方

 ありがとうございます!アベンジャーズ観ました!
相変わらずソーとロキが可愛かったです。
マーベルの映画はいつか手を出したいと思いながらも数が多くて初めから見るのも
ハードルが高かったので、マイティーソーは良いとっかかりになって嬉しいです!
もしや以前教えてくださった方ですかね?ありがとうございます。面白い!!!
ヘラがお姉さんになっているんですね!?超楽しみです!このシリーズ元ネタの神話のこの神関係が好きなんだよ!を上手に抽出してくれていて私は!とってもハッピーです!!!
早速レンタルしてみます^ー^♪ はまっているものを呟くと詳しい方が教えてくださって良いですね!
有難い~!!



>12/1の返信読んで下さった・二十月の家父長性に触れてくれた方

ありがとうございます!!!ぶっ飛ばしたいです!!一緒にぶっ飛ばしましょう!!
個人的に、私は好きな作家さん等に「この作者さんの倫理観信用できる」と思うので、自分もそのように思って頂けることが光栄でなりません!!!ありがとうございます!

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古くから長くから作品を読んで下さってありがとうございます。
気づくのが遅れて申し訳ございません。
読みながらウルウル来てしまいました。
私の描くキャラクターたちは概ね最後に怒りを爆発させます。
常に怒っていたり、怒っていることに気づかないキャラクターたちばかりです。
彼らは抑圧されていて、拒絶を嘲笑われ、他者にとって不都合な感情を持たない方が生きていく上では楽なのだとうっすら気づき、なけなしの自尊心をすり減らしながら感覚を麻痺させて生きています。
そうやって生きていくのはいつも立場の弱い人たちばかりです。
多くはその抑圧は透明化され、なかったことにされます。
私は彼らが主体的に生き、怒りを取り戻してほしいといつも願っています。
生きづらさから解放されて、少しの我慢などを積み重ねず、のびのびと生きてほしいといつも思いながら描いています。
私の望むことがあなた様に伝わったのだと気づき、言いようもない嬉しさでいっぱいになりました。
本当にありがとうございます。これからも創作頑張ります……。

数時間後の追記
凄い興奮のままに書き連ねてしまったけれど、私にも恐らく無意識に誰かを差別している時がきっとあり、そのことに気づいた時、私は取り乱すかもしれませんが、それでも自分の行いを受け入れる人間でありたいなと思います……。ありがとうございました!!

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おなじみBLANK BLOCK http://thor.hiho.jp/ の透さんと新企画をはじめました!!!

架空の和風世界を元に、二人で無計画のリレー小説です!
純粋にどうパスが来るのか分からない所が楽しい!!!

なんか二面性のある女の子とのんびり屋の護衛の青年が出てきます。
足の脛を蹴られるよ。


これは『のっぺらぼうと天宿りの牙卵』https://thorsatomi.booth.pm/items/1665523 という透さんの小説世界観をお借りしてます。面白いよ!
ただし、ひなくもりは未読でも全然読める仕様で~す!


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ブログを書かない気がするので、ちょっと書いてみようかな~などと思ったのですが、特に書くネタもなく。
思えば私は日記を書く事が大好きだったはずなのに、ツイッターに入り浸るようになってからは途端に更新が途絶えました。
自分のことを吐き出すことが好きなのには変わりないんですが……。

以前読者として感想を書くってことをしてみて、読み返してみたら面白かったのでまたやってみます。なかなかに恥ずかしい行為。

【巫者】
ご都合主義のハッピーエンドって言葉があって、ご都合主義のバッドエンドという言葉があって、私は良い悪い以前の単純な好みの問題として、前者は受け入れられても後者は受け入れられません。

全て“物による”という保険をかけたような言い方しかでいませんが、悲しい気持ちに対して無条件で娯楽性を感じないのかもしれません。ハッピーエンドに対してはバッドエンドよりは整合性が無くても入っていけるような気がします。

主人公を殺すことに娯楽性を見出し、それでは如何にも嗜好が駄々漏れなのでこういう理由で殺すのであって、楽しいから殺しているわけではないという理由づけをしている作品は、まぁこのように厭味ったらしい説明をしていることが物語っている通り、物にはよりますがあまり好きになることが無い作品です。
 
主人公がハッピーエンドを得る過程で死が通過点としてあったのか。
主人公の死をエンターテイメントとするために美しい過程を付与したのか。
私にとって前者と後者は全く違います。

これは一体どちらなんだろうか。
私はまず、そこが気になりました。すみません。作者の描きたかった・伝えたかったことはそこではないのかもしれませんので、もし読んでいたら不愉快になるかもしれません。申し訳ないです。


問題提起をされているのか、何かを投げつけられているのかどうか分からない作品は読んでいてストレスがかかります。

ただ、この話は私が主人公の死の扱い方をどう捉えればよいのか迷っただけで、何やら伝えたいことは感じる話でした。
この作品って、自我の死と肉体の死を別物に描いていて、主人公の少年は自我の方を高い位置に置いたのではないでしょうか。
 
最後の「死にたくない(肉体の死だって嫌だ)」というセリフを入れたことは、優劣をつけなければならない状況に置かれただけで、どちらも等しく大切なものだという意味に取りました。


自我は死んだ状態で肉体は生きている
自我は生かされたけど肉体は死んだ

優劣というよりは消去法の話なのかもしれません。
私は生きていてなんぼという話が好きですが、確かに、同じく不完全な生(死)だとしたらどちらを取るかは悩ましいですね。
どう生きるか、という話だと考えると私には相性の良い話なのかもしれません。
 
一番最初に述べたように、やっぱり私は死を先に持ってきたのか、後に持ってきて話を作ろうと思ったのか、いまだにどちらか分かりません。それによって私にとっては印象が大分変ってくるからくどい位留意してしますが、やはりよく分からなかったので、その疑問は一旦おいておきます。私にとって大事なことですが。二回言いました。


選択を強いられる人間に対して力強いと評価して良いものか分かりません。
自我と肉体どちらが尊いのか私には同じ状況にならないと多分選べません。

でも、なんか自我の方を選んだけれど、肉体だってもちろん大切に決まってるだぞ殺すぞって流れ好きだな。
うん。分からん。



主人公が選ぶことを強いられている一方で、正反対に迷いのない王子も良いキャラだったと思います。
ああいう善悪はおいておいても一本筋が通ったキャラが話に出てくるとほっとします。
私は出来るかどうかは別にして、その話を把握したいという気持ちが強いのか、分かりやすいキャラクターは安心してしまうようです。



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