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更新しました。

核家族の話です。
このお話は冒頭で血だらけの人が助けを求めているところから始まります。
この人は被害者なのか加害者なのか、誰が刺して誰が刺されたのか?
という謎は読んでいくうちに解けるかもしれないし解けないかもしれません。



このお話をなんで描こうと思ったのかイマイチ思い出せないんですよね。
さらっと描いていたっていうか…。
なんかこのお話、双子の話と合わせてもう一本描いたら切り刻む家族たちってまとめられるなって描きながら思った記憶はあります。
不穏すぎるテーマだ…。






タイトルの核家族ですが、
主人公は甘える息子であり父権的な父親であったけど、妻を慈しむ夫ではなかった。
女は自分を慕う息子の母親であり、権力を持った夫の美しき妻であったけれど、親から守られる娘にはなれなかった。
だからピースが揃わずに断絶してしまって、結局核家族なんですよ。

主人公が夫の役割もはたしていたら断絶は起こらなかった。
女が娘として守られていたら、こんなことにはならなかった。
ような気がします。恐らく…。




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先日雑談イプをしたときに万寿さんの創作はどうしてあのように過酷な状況に立たされているのかという質問を頂きまして、私はヒューマンドラマが好きだからかなぁと答えました。

ヒューマンドラマとは映画のジャンルの一つなのですが、「どう生きるのか」をテーマにしていることが多いです。勿論「どう生きるか」だけではなく人間愛を描けばヒューマンドラマに当てはまると思うのですが。

で、どう生きるかというのはどういう選択をするのかというのが一番端的に描きやすいのではないかと思います。そう意識して漫画を書いていたわけではないのですが、改めて考えてみるとそういうことなんだろうなぁと。
私自身は優柔不断で、自分の決断にいつも自信が持てずに後悔ばかりしています。
そんな大層な決断ではなくても、ハンバーグではなくエビフライを注文すべきだったのではないか。少し高くてもあの文房具を選ぶべきだったのではないかなんてレベルのことすらずっと覚えていて、今度来たときは絶対にエビフライを頼もうなどと思っています。
でも逆を選んだとしてもああ、ハンバーグ…とか安くて十分だったのに差額分無駄にした…などと考えるんだろうなあと思うので、いずれにしても私の選択は必ず後悔が付きまといます。

何の話だっけ。
人生というのは選択の連続の結果であるので、選択に直面した場面が多いのだろうなぁと思います。
そして「現代社会はそういう過酷な選択には迫られないですもんね」と言われた記憶があるのですが、私は実はそう思わなくて、共同体の空気と自分自身とで常にどちらか選ぶ選択を迫られているのではないかと思います。

例えば学生モノだとすると、イジメが起こった時ターゲットが可愛そうだ。こんなことはやめて欲しい、と思いながらも即座にそれを注意出来る人間は少ないのではないでしょうか。
やめろと声をあげることが一番だとは思いつつも、声を出すことが出来ない。
その時、自分の気持ちに従ってたしなめるか、それとも共同体の自分の立場を考えて見て見ぬふりをするか選択をするわけです。

その選択は私にとって生きるか死ぬかよりも生々しくて手が出せません。
例えば、その現場を目撃して、アンパンを食べていたとして、
「ああ、私はアンパンを食べるたびに、イジメられていたあの子と見て見ぬふりをした自分を思い出すのだわ」とそれ以降アンパンが食べられなくなったりとか、そういうリアリティがつらいんですよね。

そんなわけで、現実に即していると言っても適度に距離を取れて、傍観者として感情移入が出来る、そういう話を私は書いています。
「自分だったらどうするか」というお話であり「ああ、こういう状況私にもあったなぁ」ではないんですよね。きっと。

今のところ後者のお話を書くつもりはないのですが、もし気が変わって書きたいと思った時、私はどんな題材を持ってくるんでしょうね。





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飲み会の後「私の家はこちら側だけど、送っていく?」って尋ねるような気づかいが出来るタイプっていうか。
(最初にこちら側と提示しておくことで、相手に「反対側だから遠慮する」という角の立たない断る選択肢をさり気なく与えるテクニック)

いやランドルフここまで気遣い出来るかなー。出来るよ多分。


オルハンとキルシュとシナンとムスタファだったらムスタファが一番女にモテるけど、
ムスタファとランドルフならランドルフの方がモテそう。


一日一記事を目指したけど、そういうのに捕らわれてはいけないと思ったので思う存分さぼることにした。
 

ムスタファはシナンのままでいる気は全くなかったからイフとしてすら成立しないんだけど、このおとぼけ主従が国外に行ってそのまま二人で旅を続けていたら、それはそれで噛み合わなくて楽しそうだなーと思う。
ランドルフは全てにおいて大雑把だしシナンはやや神経質なので「私が全てやるので主様は座っておいてください」(お前余計なことするな黙ってろ)って言いながら不本意だけどランドルフの世話を焼くんだよ。
ランドルフはランドルフで1から10まで全て自分でやりたいシナンに対して譲ってやってるって感覚があって「もう少し感謝しろよくそが!」って思いながらも、なんかもう考えるのはめんどくせぇや…って諦めていく。飼いならされてる~~~。

でもランドルフの気性的に全てやらせて自分は何もしないっていうのは性じゃないだろうから、やっぱりシナンに譲ってやってるんだよ。ランドルフは大人なんだよ。

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お題 和




和とは。



暫く通常の創作から離れて、自分だけの為だけに絵を描いて漫画を描き散らそうと思います。
元々私は人に読まれる創作というものを描かず、箱庭療法のように描きたいものを描き散らしてスッキリするタイプの創作者だったんですが、ここ数年は「時間を割いて読んでもらうんだから読まなきゃ良かったという創作は封印しておこう」と意識改革した経緯があります。

自分だけの為に描いた創作が誰かに批判されることについて「でも私だけの為の創作だから」と言い返せるほどには出来上がっていなかったんだなぁ…。

以前は今よりももっと自分の気持ちを言葉にできなくて、自分為だけの創作をしていたころについては「見る人が不愉快に思うような話を描きたい」って思っていて、そのままそれを口にしたことがあるのですが、それは『私が不愉快だと感じるこの気持ちを他人も同じような気持ちを持って欲しい』ってことだったんだけど、まぁ言葉足らず過ぎて「なんでこいつは他人を不愉快にさせたいのか???」ってなりましたよね。
自分のことを上手く説明できる人間になりたい…。


こういうもどかしさを私は度々感じていて、「自分の気持ちや感情を適切な言葉で説明したい」欲求が凄く強いんだなぁと思います。
でも口下手だから通常の会話では凄い自分を出せずに「あっもうそれでいいです。そういうことで良いです」って流してしまうことが多いです。
……フラストレーションが創作に向かっているのかもしれません。






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ブログを更新しようと思っても悩むこと数時間。
昔は毎日更新していたし、なんだったら一日二回も書いていた日もあったんですが……。

話のネタを作ろうと言うことで、先日ツイッターにアップした『ツァーリの婿』をピクシブにアップしました。




とある成り上がりの話です。サンプルをこちらの無題の方に4ページほど以前からアップしているものです。ほぼあんな感じのギスギスした雰囲気です。

以下つらつらと。


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